エイプリルフール


 何気なく窓の外を見ると、今日も快晴。
ひとつの雲もなく、晴れ渡った空。
きれいに舗装された道路を走るスポーツカーは、ほとんど振動を感じさせずに海沿いを駆け抜けていく。
「はぁ。」
今のこの状況には何も不満がないのに、漏れたのはため息。
隣でハンドルを操る友人には聞こえない程度の大きさで、息を吐いた。
――退屈や。
 今の私の気持ちを一言で表すと、それに尽きる。
近頃の六課は全くと言っていいほど「および」もかからず、訓練と待機の日々。
事件や事故を求めているわけではないけれど、何も話題がないのも事実。
人間、何かあれば無い方がいいと言い、何もなければ何かないかと、ないものねだり。
でも、それが人ってもんやない――。
窓の外を見ていても、いつもと同じ景色。
仕方がないから視線を隣の友人に移した。
「どうしたの?はやて。」 
綺麗な金色の髪と赤い瞳の友人、フェイトちゃんは、安全第一、ミラーから視線を外さずに声だけをかける。
「どうとゆうか、ただ今日の会議が憂鬱やなぁって、な。
まーたねちねちねちねち嫌味を言われるんはわかってるし?」
 自分で言っておきながら、忘れかけていた憂鬱の種を思い出し、眉間にしわを寄せた。
「ふふ、健闘を祈っております、部隊長殿。」
にこり、ミラーを通して投げかけられるフェイトちゃんのさわやかな笑顔が憎い。
と視界の隅に、薄い桃色の花を咲かせた木々が入る。
桜。
ミッドにも「地球」出身者がいるためか、「地球」ほど多くはないが春になればちらほらと見かける。
まだ少し寒い風が吹く中での、満開。
――もう、そんな時期なんやなぁ……。
 心の中で呟くと、ふと思い出す。
桜が咲くのは、春。
今日は何月何日だっただろう?
「なぁ、フェイトちゃん。今日ってひょっとして四月一日?」
「ひょっとしても何も、四月一日だよ?」
不思議そうに見つめるフェイトちゃんから目を逸らすと、窓の外を見つめる。
――なんや、案外身近にあるもんやない。うん、ここは一つ、フェイトちゃんをからかってみる、ゆうのも乙なもんや……。
 
心の中でにやりと笑うと、もう一人の友人の姿が浮かんでくる。
もう、ネタは決まっていた。

「そや、フェイトちゃん。昨日なのはちゃん、胸がむかむかする、ゆうてたけど大丈夫やったん?」
 再び、視線を隣の友人に移す。
「うん。平気だよ?スバルが定期健診の時に買ってきてくれた、チョコポット?だっけ?
あれを食べ過ぎちゃっただけみたいだから。」
 なのはちゃんの様子を思い出したのか、柔らかな表情になる。
「そうなん……?なんや、フェイトちゃんは聞いてないん?」
そう一言、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「え?何を?」
初めて視線をミラーから外す。
「え……や、こういうことは本人から直接聞いた方がええと思うんやけど、なぁ。」
少しだけ眉をひそめてそれらしい表情を作ると、再び窓に視線を移した。
フェイトちゃんの視線がひしひしと伝わってくる。
「なのは、どうかしたの?私には、何も言ってなかったけど……。」
フェイトちゃんの視線は、ミラーと私を行ったり来たり。
相当気になる様子。
「実は、な。少し前に相談されたんやけど……。なのはちゃん、子供ができたんやって。」

ギャギャギャギャギャ――――!

「う、わぁっ!!」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、激しく左右に揺れる車体。
ハンドルを握るフェイトちゃんの手が細かく震えていることから、動揺から手を滑らせたのだとわかった。
――あかん、場所をミスったかもしれへん……。
そう思い、なーんちゃって、と誤魔化そうと思った瞬間、普段聞いたことのないような低い友人の声が聞こえた。
「……はやて。誰の子か知ってる?」
底冷えのする声は、今更エイプリルフールでした、とはとても言える雰囲気ではない。
「そ……そんなん、わからへんの?一人しかおらんやない……。」
無理やり、言葉を続ける。
「……まさか、ユーノ?」
ぎりぎりとハンドルを握り締める音が聞こえる。
ちょっと怖くなってきた。
「フェイトちゃん、ほんまにそう思っとるん?一人しかおらんやろ?
毎日、なのはちゃんと一緒に寝とるんは……。」
そう言ってフェイトちゃんを見ると、ばっちり紅い瞳と目が合った。
今のところ車はまっすぐ走っているけど、お願いだから前を見てほしい。
「……え?え?え?」
 ほんのりと頬を染めて、口をぱくぱくとさせる。
「そうや。フェイトちゃんしかおらんやない……。」
そう私が言い切ると、冷静になろうとハンドルを握り直し前を見つめるフェイトちゃん。
「……それ、本当?」
ミラー越しに、少しだけ疑惑の視線が投げかけられる。
「ちょお、それはひどいんちゃう?私もなのはちゃんに聞いたけど、そういうことは、
フェイトちゃんとしかしてない、言うとったよ?」
 瞬間、フェイトちゃんは顔を真っ赤にして固まった。
しばらく、車内に気まずい沈黙が流れる。

普通だったら女同士で子供はできるわけがない、それは当たり前のことだが、明らかにフェイトちゃんには心あたりがあって……。
友人の露骨な反応に、笑いを堪えるのに必死で視線を窓の外へ逸らす。
黒いスポーツカーは順調に本局のあるビル群へと入っていく。
あと数分で、時空管理局本局へ到着するはずだ。
 すると、隣から声が聞こえてきた。
「――か、そっか……。やっぱり、毎日一緒に寝てたら、できちゃうものなんだね。
うん。私が、ちょっと無責任だったよね……。なのはの変化にも気づけなくって。
胸がむかむかしてたのも、つわり、だったんだね……。」
教えてくれてありがとう、はやて、そう言ったフェイトちゃんの顔は本当にうれしそうで、思わず見とれてしまう。
ええよ、と返事はしたが、ますますエイプリルフールや、とは言えない状況になっていた。

フェイトちゃんは本局の正門前に車を止めると、いってらっしゃい、と送り出してくれる。
「フェイトちゃんも、本局に用事あるんやなかった?」
車内の友人に声をかけると、ゆったりと首を振る。
「今日はやめておくよ。帰って、なのはときちんと話をしたいから……。」
そう言って、真剣な表情。
「そ、そや、ね……。」
引きつった笑いを浮かべながら、しばしの退屈しのぎのつもりが憂鬱の種をもう一つ増やしてしまったことに気づく。
なのはちゃんを巻き込んでの一騒動、無事に済むだろうか。

 会議が、永遠に終わらなければいい――。

真剣にそう思い、六課に戻っていく友人の車を見送った。






 はやてを本局まで送った後、まっすぐに六課への道を辿る。
なのはに子供ができた。
私との、子。
頭の中ではやての言葉を反芻すると無性にうれしくって、つい力が篭もりアクセルを踏みすぎてしまう。
早く六課に帰って、なのはに会いたかった。
そして伝えたかった。
ありがとう、と。
 窓の外へ視線を向けると、満開の桜の花が見える。
なのはの故郷の花。
終わりと、始まりの花。
 私となのはも一つの関係が終わり、もう一つの関係へと始まっていく。
家族、という始まり。

アクセル全開で、なのはのもとへと向かった。


 六課の駐車場に到着すると、地面とタイヤが激しく擦れる音。
出しすぎたスピードに、タイヤが悲鳴をあげる。
ヘリの整備をしていたヴァイスに何か声をかけられたけど、答えている余裕はなかった。
なのはがいる訓練場へと走る。
 
後一つ、通路を抜ければ訓練場への道が開ける、そう思った瞬間、いやな予感がした。
きっと今日も、なのはは全力で新人たちと訓練をしているに違いない。
今まで気づかなかった自分を恨む。
激しい訓練を続けて、体に負担がかかったら?
子供は、大丈夫だろうか――。
大切な命の炎を消してしまうわけにはいかないから、全力で通路を走りぬけた。
そして薄暗い通路からいっきに開けた場所へ出ると、舞う土埃。

ドゴオォォォォォ!!!

魔力と魔力のぶつかり合う音。
心配したとおり、なのはは新人たちとの教導の真っ最中だった。
ピンクやオレンジの魔力光の中でひらりと舞う、白いバリアジャケット。
なのははスバルのウイングロードの追撃を、飛びながらぐんぐんと離していく。
しかし、その行く手を塞ぐようにフリードが炎を吐いた。
そしてその真下には、スピードとパワーのブーストがかかったエリオ。
徐々にではあるが、なのはの退路は断たれて行った。
――エリオ、キャロ、みんな……っ!
心の中で叫ぶと、バルディッシュを握り締めた。
――バルディッシュ、お願い!!

『yes,sir』

淡々としたバルディッシュの声が響くと、金色の光に包まれる。
 次の瞬間には、いっそう大きな爆発音。
ザンバーでエリオのストラーダを受け止め、シールドでフリードの炎とティアナの砲撃を防ぐ。
クロスでの爆発力が大きいスバルは、バインドで拘束させてもらった。
急になのはと新人たちの間に割って入った私に、なのはが驚く。
「ど、どうしたの?フェイト……隊長?」
かすり傷一つないなのはを確かめると、自然に笑みが零れる。
「無事でよかった……、なのは。」
ほっと言葉を吐き出すと、なのははいまいち状況が飲み込めていないようで不思議そうに私を見つめた。
なのはがふっと視線を逸らしたのでそちらを見つめると、コンソールが示す時間はタイムアップまであと10秒。
ふう、とため息を吐くと、少し早いけど、と前おいてあっけにとられる新人たちに解散を促した。
 二人でゆっくりと地上に降りてくると、ふわり、バリアジャケットを解く。
私よりも少しだけ背の低いなのはは、じっとこちらを見つめると人気の無い方へと私を引っ張る。
「もー、フェイトちゃん。どうしたの?今日、訓練に参加するなんて、聞いてないよ?」
なのはは少しだけ怒っているようで、眉を寄せた。
「うん。ごめん、なのは。ごめんなさい……。」
なのはに怒られ、しゅんとする。
「これからは、フェイト隊長も訓練に参加するときは前もって教えてください。
でないと、カリキュラムが機能しません。」
さらに教導官の他人行儀な口調で怒られると、何も言い返せない。
「すみませんでした。高町なのは教導官、一等空尉……。でも――。」
「……でも?」
なのはの問い詰めるような視線。
「あまり怒ると、その……。」
お腹の子に悪いよ?と言ってもいいものか悩む。
私ははやてから聞かされただけで、なのはの中では知らないことになっているのだから。
言い淀む私にもう一度、どうしたの?と声をかけるなのは。
 私はなのはをじっと見つめる。
私よりも少し小柄ななのは。
とてもあんなに大きな魔力があるとは思えない、華奢な体。
そして、この華奢な体の中に、新しい命が宿っているんだ――――。
 そう思ったら、思わずなのはを抱きしめていた。
「フェイトちゃん?!」
驚いて、声を上げるなのは。
「なのはっ!絶対、絶対、幸せにするから……。
 これからもなのはを、なのはとお腹の子も全部、守って行くから……っ!」
それだけ言い切ると、まわした腕に力を込める。
「フェイトちゃん?!ね、ちょっと待って……。」
なのはの両手が、私の体を押し返す。
不審に思ったけれど、すぐに理由がわかった。
「ごめん、なのは。あまり力入れたら、お腹の子が苦しいよね?
 ふふ、男の子かな?女の子かな?きっと、なのはの子だからどっちでも可愛いね?」
そう言って、なのはのお腹に触れようとすると、すっとなのはが体を引いた。
「なのは?」
不思議に思って尋ねると、怯えたような表情。
「フェイトちゃん……、お腹の子って、なに……?意味が、わからないよ……?」
「え?え?だってはやてがなのはに相談されたって……。私となのはの子供、お腹にいるんだよ、ね?」
私もなのはの言葉の意味がわからなくて、頭が真っ白になる。
そしてなのははため息を、一つ。
「フェイトちゃん。今日は何月何日か知ってる?」
「知ってるよ?四月一日だよね?」
そう答えると、なのはは大きく頷く。
「フェイトちゃん、覚えてるかな?私たちが暮らしていた世界では、四月一日はエイプリルフールって言ってね、四月一日には人をからかうような、害のないウソをついてもいいっていう習慣があるんだよ。」
なのはの言葉を聞くと、はっとした。
そういえば、あった、そんな習慣が――!!
「思い出した?フェイトちゃん、毎年アリサちゃんやはやてちゃんに騙されてたよね?
 小学校の時なんか、私が転校するって言われて大騒ぎしたじゃない……。」
そうだ、あれは忘れもしない小学校四年生の春。
その日、たまたまなのはは四月一日に仕事で学校を休んだ。
それを私が登校してきたら、アリサとはやてがなのはが転校してしまったとウソをついた
のだ。
それを間に受けた私は、泣きながらなのはの家まで走って確かめに行ったんだった……。
 思い出すと、だんだん恥ずかしくなってきた。
顔は火が出るほど、熱い。
「ごめん、なのは。」
一言呟くと、まともになのはの顔が見れなくて俯いてしまう。
「冷静になって考えたら、子供なんて、できるはずないのにね……。」
そう言葉にすると、なんだか今まで存在した私となのはの子供まで消えてしまったような
気がして、悲しくなる。
涙で、視界がぼやけた。
「フェイトちゃん…。」
なのはの優しい声と共に、そっと抱き寄せられる。
「フェイトちゃん、きっかけはエイプリルフールだったけど、私はフェイトちゃんに幸せにする、守って行くって言われて、すっごくうれしかったな。
 だってそれって、もし子供ができちゃっても責任取ってくれるってことだよね……?」
ありがとう、そう耳元で囁かれて胸の奥が温かくなる。

なんだか、少し精神的に疲れた一日だったけど、結果としてはよかったの、かな……?
柔らかいなのはの体を感じながら、いずれ必ず……と誓う、私、フェイト・T・ハラオウンでした――。












今日、職場でこんな妄想をして一日が終わりました。

ですので、急ごしらえで穴とかもあるとは思いますが、大目にみてやってくださいw

フェイトそんはやっぱりだまされてしまう人だと思います。
なのはさんは慣れているので冷静です。
この二人の間だと、ほかに何かウソとかあるかなぁと考えるとあまり思いつかなかったです。
とにかく、なのはさんに子供ができたと勘違いして、おかしなベクトルで全力全開するフェイトそんが書きたかったのですw

では、少しでも、楽しんでいただけたらうれしいです。