by my side



 今日一日の教導の疲れから、自宅に帰る道のりをぼんやりと歩いていた。
毎日の繰り返しで体が道を記憶しているから、少しくらいぼんやりとしていても勝手に足が道を辿る。
 もうすぐ家に着くという距離で、少し長い航行から今日、親友が帰ってくることを思い出す。
決して忘れていたわけではなかったが、なるべく思い出さないようにはしていた。
 親友の帰ってくる時間は、未定とのこと。
一日の定量が決まっている仕事ではないからそんなことはよくあることで、今日の帰航も数日延びてしまってのことだった。
帰ってくることを期待しつつ待つ数日間は、確実に気力を奪う。
疲れていた原因はむしろ、教導よりもそちらの方。
 今日も、帰って来るとは限らない。
 そんなことを考えながらぼんやりと帰路を辿ると、部屋に明かりが点っているのが
見えた。
はっとして少し小走りにドアに向かい、ロックを解除する。
エアーの抜けるような音と共にドアが開くと、滑り込む。
靴が散らかるのも気にせず脱ぎ捨てると、リビングに向かった。

「あ、おかえり。なのは」

 迎えてくれたのは期待した通りの柔らかな微笑み。
ぎゅっと手を握って、湧き上がる衝動を抑えた。
「……うん。フェイトちゃんも、おかえり」
「ただいま、なのは」
頬を染めてのはにかむような笑顔はうれしさがにじみ出ているように見えて、自然に私も笑みが零れる。
「今日は遅かったんだね?」
フェイトちゃんはリビングのソファに座りながら、後ろに立つ私を振り返る。
「うん。もうすぐ今担当してる訓練も終わるから、その仕上げだったの。……お仕事?」
フェイトちゃんの目の前に映し出されたモニタを視線で示すと、苦笑いで答える。
「明日提出する予定の報告書なんだ。でも、すぐ終わるよ?」
 私のことを気にしてくれているんだろうけど、執務官のちょっと、とかすぐ、
ほど信用できないものはないから、フェイトちゃんが座るソファの後ろに立つと
そのまま圧し掛かる。
「な、なのは?」
 驚いてフェイトちゃんが振り返ろうとするけど、私の重みで首がまわらない。
どうしたの?と聞かれても答えず、しばらくそのままでいた。
上半身に腕を回し柔らかな体温を感じ、髪に頬を寄せ息を吸い込むと、シャンプーのいい匂いがした。
もうすでに入浴は済ませたようだった。
 ふう、と息を一つ吐くと、体を起こし開放してあげる。
振り向いたフェイトちゃんは、何かに気づいてすまなそうに眉を寄せたが、そんな表情は見ない振りをしてバスルームに向かった。

 仕方がないよ、お仕事だもん。

 その一言が出ない自分がいかにも子供っぽくて、でも私が掴める選択肢はそれしかなかった。
 熱いシャワーを浴びると、目を閉じる。
ここ数日の期待と落胆。
たった今の喜びと寂しさ。
そばにいても寂しいのはなんだか悲しい。
そんな考えが頭をぐるぐる回って、胸がむかむかした。

 優しいフェイトちゃんはきっと、さっきの私の態度を気にしている。
そう思うとなんだかバスルームから出るのが気まずくって、いつもよりも長めにお風呂に入った。


 帰宅してから二回目のため息を吐くと、思い切ってバスルームのドアを開ける。
リビングではまだ優秀な執務官殿がお仕事中。
ちらり、真剣な横顔を見ると胸が締めつけられた。
一緒にいてもこれほど心が揺れるならいっそ、寝てしまおう。
そう決めた。
少し長い航行の後は船艦の整備もあるため、すぐにまた出航ということはない。
しばらくは同じ屋根の下での生活。
 今日は顔が見れただけでよかったんだ。
 明日からは、また仲良くできる。
 そう思い、フェイトちゃんの横を通り過ぎると、もう疲れたから寝るね?と顔も見ずに呟いてベッドへ向かう。
私がシーツに潜り込むまで、フェイトちゃんの視線を痛いほど感じた。
 先ほどまで滑らかに聞こえていた端末を叩くコンソールの音が時折、一、二分途切れる。
そのたびに流れる沈黙が気まずくて、何度か寝返りをうった。
たまに聞こえる衣服の擦れる音は、フェイトちゃんがこちらを気にしている証拠だろうか。
しかし、真っ黒な視界ではそれを確かめることはできない。
 そうしているうちに、端末の電源が切れる音が聞こえた。
すぐに軋むベッド。
隣に滑り込む温もり。

 やっと、仕事を終えたらしい。

「なのは、もう寝ちゃった……よね」
問いかけではなく、一人呟く声が聞こえた。
そっと私の前髪を流すと、左側の肩を押され仰向けにされる。
フェイトちゃんは上から私の寝顔を見ているのだろう、柔らかな髪が頬をくすぐる。
しばらくの沈黙の後、ぎしり、ベッドが音を立てた。
そして、再び沈黙。
 また寝返りをうってフェイトちゃんの視線から逃れたかったが、恐らく体の両側に手を着かれているため身動きが取れない。
 ずっと押し黙ったままのフェイトちゃんに焦れて思い切って目を開けると、綺麗な紅い瞳と視線がぶつかった。
その距離、およそ15センチ。
「――っ、ご、ごめん、なのは」
 すぐに視線を逸らしたフェイトちゃんの頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
私に何をしようとしていたのかは明白で、いたずらが見つかった子供のようにバツの悪そうな顔をしていた。
なんだかそれが可愛らしくて、表情を緩めると私から顔を寄せ、唇に触れる。
久しぶりの柔らかい感触。
 
「……なのはっ!」
 口付けが終わると、強い力で肩をベッドに押し付けられた。
驚いてフェイトちゃんを見上げると、眉を寄せ苦しそうな表情。
私の大好きな紅い瞳は、透明な雫を湛えていた。
手を伸ばしそっと頬をなぞると、そのまま抱き寄せ髪を撫でる。
縋りつかれ耳元で囁かれるのは、愛の言葉と会えない間の寂しさとそして、謝罪。
最後の方は涙で声が震えていた。
ぴたりと寄せられた頬が熱い雫で濡れる。

 先ほどまでのわだかまりはもう、消えてしまっていた。

「フェイトちゃん、私も好きだよ……。会えない間、ずっとフェイトちゃんのこと考えてた。今だって、本当は寝てなんてなかったの……」
 怒った?そう尋ねると、かわりに深い深い、口付け。
「なのは、大好きなんだ、なのは……」
 切なげに愛を囁きながら何度も口付けを繰り返し、その場所はだんだん下に降りていく。
今まで会えなかった寂しさを埋めるように、体中いたるところにキスを落とされると
フェイトちゃんの唇に触れられた場所が熱をもち、その熱が私の全てを満たした。


 久しぶりに優しい温もりに包まれて、私は深い眠りの中に落ちて行く。
 明日はきっと、もっと素直になれる。




 親友の帰航から一日が経った。
昨日よりは少しだけ軽い足取り。
親友の今日の予定は確か、本局で捜査後の報告と尋問など。
など、の内訳は大小含めたらかなりの多さ。
上位機関への報告の細かさと、提出書類の決まりきった形式が事務の繁忙に拍車を掛ける。
きっと航行中の方がまだ幾分かは気が楽かもしれない。
 本日の帰宅時間も、昨日と同じで未定。
意識せず、ため息が漏れる。
私がため息を吐くのは、親友の仕事を思いやってだろうか。
それとも、親友の帰りを待つ間再び冷たいシーツで一人眠ることに対する憂鬱だろうか。
もう一度軽く息を吐いて視線を上げると予想に反して部屋には明かりが点っていた。

 期待と不安の不規則な鼓動を理性で抑えてリビングに向かうと、やはり。
「――フェイトちゃん」
リビングには昨日と同様、フェイトちゃんがいた。
私に気づいてすぐに立ち上がると、慌てて何かを体の後ろに隠す。
「な、なのは。今日は昨日よりも早いんだね?おかえり……」
そう話す間にも、もぞもぞと体の後ろで手を動かしている。
「うん、ただいま。――なに、してるの?」
不審に思ってフェイトちゃんに近寄ると、後ろを覗き込んだ。
「あっ、なのは……」
フェイトちゃんは“何か”を一生懸命隠そうとするけど、後手ではなかなか操作ができないようであっさりと見つかってしまう。
“何か”
うっすらと気づいてはいたけれど案の定、仕事で使う端末だった。
フェイトちゃんは電源を落とそうと端末のコンソールを叩くけど、的外れな場所を押してしまっていたようで赤い文字のエラーが表示されている。
人差し指を伸ばして右下のパネルを操作すると、すぐに赤い文字は消えた。
端末のモニタには、本日の尋問の報告書が浮かぶ。
特に興味もなくて一瞥すると、着替えようとベッドサイドへと向かった。
「――なのはっ」
後ろからフェイトちゃんに呼び止められ、くるりと振り向くと揺れる赤い瞳。
「……どうしたの?」
赤い瞳をまっすぐに見つめるとすぐに逸らされる。
「――あ、あの。なのは。すぐに終わるから……」
その言葉が本当なら、なぜ瞳を逸らさなければならないのだろう。
肺に溜まった息を吐くと、軽く瞳を閉じ中断された着替えを再開する。
「なのは……、ごめん。久しぶりに会えたのに、二人の時間に仕事を持ち込んで悪いと思ってるんだよ?でも、本局で仕事してたら本当にいつ帰れるかわからないから、だから私はなのはと一緒にいる時間を大事にしたくって――」
私が瞳を閉じて無言でいるのを聞きたくないと思ったのか、フェイトちゃんはもう一度ごめん、と謝ると俯いてソファに腰掛ける。
しばらくすると、端末を叩くコンソールの音が響きだした。
 着替え終わって教導官の制服をハンガーに掛けると、冷たいシーツに体を横たえる。
一人では、広すぎるベッド。
左手をシーツに這わせいつも温もりがあるはずの場所をなぞっても、冷たいまま。
応えるのはシーツに移った自分の温もりだけ。
ぎゅっと手を握る。
悲しくって泣き出したら、親友は抱きしめに来てくれるだろうか。
そんな幼稚な考えを頭を振って打ち消すと、体を起こして親友の背中をじっと見つめる。
歩けば数歩の距離にある、温もり。
とても簡単なこと。
――歩み寄って、ふれればいい。
 考えは、すぐに実行に移された。
私はゆっくりとフェイトちゃんに歩み寄る。
そして端末とフェイトちゃんの間に体を割り込ませると、膝の上に横掛けで座った。
腕をまわして腰を抱くとフェイトちゃんの肩に、頭を寄せる。
部屋着を隔てても伝わってくる温もりと柔らかさに、眩暈がした。
鼻先を髪に埋めると、フェイトちゃん自身の匂いが胸を満たす。
それは、愛しい人が近くにいて確かにふれることができる、安心感。
フェイトちゃんの甘い甘い体温を味わうと、まわした腕に力を込めた。
「な、なのは?」
フェイトちゃんが驚いて、端末に手を沿わせたまま固まっている。
フェイトちゃんを見上げると、ぶつかる視線。
「邪魔?」
そう尋ねると、そ、そんなことないよ?と頬を染めて視線を逸らした。
私の突然の行動に驚いているのだろう。
フェイトちゃんの視線は端末とリビングのマットを何度も行き来し、私を乗せた太腿や肩に、力が篭る。
「……お仕事は?」
先ほどからちっとも動かない端末の画面と、フェイトちゃん。
私の問いかけに、うん、と返事をすると慌てて端末の操作を再開する。
流れるような指の動きとは裏腹に、乱れている鼓動。
フェイトちゃんも私を感じてくれているのがうれしくって、体を寄せたままくすりと微笑んだ。
瞳を閉じると、とく、とくとフェイトちゃんの鼓動が聞こえる。
温もりに包まれて規則正しい鼓動を聞いていると揺りかごの中にいるようで、満足げに息を吐いた。
ずっとこうして、愛しい人の生の隣で甘い体温を味わっていたかった。
 と、次の瞬間、滑らかなコンソールの音が途切れ端末の電源が切れる音。
まだ終わるには早すぎる、そう思って目を開けると私を覗き込むフェイトちゃんの瞳とぶつかった。
「なの、は」
私の名前を呟くと、力強く抱きしめられる。
「なのはは、ずるいよ……。
 こんなにふれてたら、仕事なんてできるわけないのに――」
フェイトちゃんは頬を当て、私の耳元で囁いた。
痛いくらいにまわされた腕が、私の体も心も、全てを包み込む。
「フェイト、ちゃん」
ベッドに行こう、そう囁くと赤い瞳が細められ体が宙に浮いた。
フェイトちゃんは私を抱きかかえると、すぐにベッドに向かう。
そっと冷たいシーツに降ろされると早く温もりがほしくって、フェイトちゃんが着込んだ執務官の制服のボタンを外していく。
私の手つきがじれったかったのか、半分ほど外したところで強引にフェイトちゃんがシャツを頭から抜いた。
そのままベッドに倒れフェイトちゃんの手にキスを落とすと、まだ十分に準備もできていない部分に押し当てる。
「なのは、だめだよ……」
フェイトちゃんが私を気遣って手を引こうとするけれど、そのまま手を離さずにいた。
「お願い。今すぐにフェイトちゃんを感じたいの……」
そう言って、熱で潤んだ紅い瞳を見上げる。
フェイトちゃんは困ったような表情で、静かに微笑んだ。
「――っ!っぁ……」
まるで痛みを共有するかのように私を強い腕で包み込むと、傷つけないようにゆっくりと指を埋める。
どんなに気遣ってくれても、無理に中を広げられていく痛みと異物感に、喘ぐ。
しかし、引きつるような痛みが快感に変わるまでそれほど時間を要さなかった。
また会えない時のために、この痛みも快感も、体に刻み付けてほしい。
熱いくらいの体温に包まれ、涙がひとつ零れた。



 愛しい人が発って数日。
厳しい教導の合間に、広がった青空を見上げた。
いつも同じ空の下にはいられなかったが、この広がった空の向こうにはあの人がいる。
じっと目を凝らしても抜けるような青空が広がるばかりだけれど、全てを傾けて繋いだ心は、確かにあの空の向こうに続いている――――。