どっち?ボール(仲良し五人組)
「今日の体育は自習、ね……」
体操着に着替えたアリサがぽつりと呟く。
その日最後の授業である体育は、教師が研修とのことで自習になった。
適当にやっておけ、とのこと。
「適当に、ってどういうことかしらね。全く、近頃の教師は……」
教師に悪態をつきながら、どうしたものか、と思案する。
生徒だけではトレーニングのメニューを組めないし、かといって延々と走るのはみんな嫌がるだろう。
日直でも体育委員でも学級委員でもないが、みんなアリサの結論を待っているようだ。
「アリサちゃん、ここは一つ適当に球技なんかどうやろ?」
隣にいたはやてが案を出す。
「そうね。適当に試合でもやってれば時間も潰れるしね」
「そうやね、適当に」
二人でうんうんと頷き合う。
「て、適当って二人とも、ちゃんとやろうね?」
「そうだよ、アリサもはやても……」
すずかとフェイトがたしなめても、二人ともあまり聞いている様子はない。
「そや、アリサちゃん。あんま適当やと気合も入らんし、ここは一つなんか賭ける、ゆうのはどうやろ?」
「いいわね、はやて。それなら気合も入るってものよね」
「ほな、決まりや。まぁ無難に喫茶翠屋のケーキあたりでどないや?」
「オーケー、決まりね!」
はやてとアリサ、二人でにやりと笑い合う。
すずかとフェイトはそんな二人を困り顔で見守るしかできなかった。
「と、言うことで私とはやては同じチームにはなれないから、それぞれ均等になるようにチーム分けしちゃいましょ」
そう言うと、大体運動能力に差が出ないようにアリサがテキパキと二つのチームに割り振っていく。
「じゃぁ、種目は無難にドッジボール。チームは、こんなところでいいわよね?」
アリサの問いかけに誰も反論することなく、チーム分けは終了した。
アリサ、フェイトとその他クラスメートVSはやて、すずかとその他クラスメートという内訳。
「戦力に、差はない……。ええ勝負ができそうやね、アリサちゃん」
「望むところよ、はやて!」
二人がにやりと笑い合ったところで、ふと何かに気づいたようにアリサが目を瞬いた。
「そういえば、なのはは遅れてくるのよね。なら、あたしのチームでいいわよね」
当然、というように大きく頷くと、慌ててはやてが抗議をする。
「ちょお待って、アリサちゃん。そんなん横暴や。一人多いなんてフェアやない」
「そんなこと言ったって、どっちにしてもどっちかのチームが一人多くなるじゃない。奇数なんだから」
「フェイトちゃんがおるそっちには、戦力に差がある」
「そっちにだってすずかがいるじゃない。大体、うんちのなのはは戦力にはならないわよ」
「そうだよ、はやて。なのは運動あまり得意じゃないから、私が守らなきゃ」
なのはの話題とあってフェイトが口を挟むと、その言葉にぴくりと体を震わせたはやてがフェイトに向き直る。
「――ほぉ、フェイトちゃんはあえてハンデを取る、いうことやね。けど、なのはちゃんはフェイトちゃんに守られることを望んでるとは思えへん」
はやてのきっぱりとした口調に、フェイトは驚きを隠せず一瞬固まってしまった。
「――なんで、はやてにそんな……。そんな、こと……なのはは、なのはは……」
唇が震えてうまく言葉が出てこないフェイトを、はやてが射抜く。
「なのはちゃんは、わたさへんよ」
――そうや、なのはちゃんは渡せへん。
――なのはちゃんのことが好きなフェイトちゃんはなのはちゃんに強いボールを当てられへん。
――その分、一人多いこっちが試合を有利に運べるんや。
鋭いはやての眼光に一瞬怯んだフェイトだが、なのはを渡さない、と言われては引き下がるはずはなかった。
「私だって、なのはは渡さない――」
しばらく睨み合う二人だが、ふ、とはやてが表情を緩めると不敵に微笑む。
「ほんなら、なのはちゃんに聞いてみよか。わたしとフェイトちゃん。どっちを選ぶか……」
「ね、ねぇ、はやてちゃん。微妙に論点がずれてるよ……。ここは公平にじゃんけんでいいんじゃないのかな?」
「そうね、じゃんけんなら公平ね」
隣にいたすずかがはやてをなだめるようにそう言うと、二人のやり取りを見守っていたアリサも頷く。
アリサとすずかの二人にそう言われては、じゃんけんをせざるを得ない。
「くっ、そうやな。なら、勝負や、フェイトちゃん」
「望むところだよ、はやて……」
再び二人の間で火花が散る。
しかし、今度はアリサが二人の間に割って入った。
「ちょっと待ちなさいよ、フェイト。じゃんけんは私がやるわ」
「アリサ、止めないで!これは全力全開、真剣勝負なんだよ!」
フェイトは自分とはやての間に割り込んだアリサに詰め寄る。
「だから、よ。あんた、じゃんけんは絶対グーを出すんだもの。なのは、取られてもいいの?」
そう、フェイトは根が正直なだけに嘘を吐いたり駆け引きをすることは苦手で、ある意味相手の出す「手」を予測しながらのゲームであるじゃんけんではつい、出しやすいグーを出してしまうことが多かった。
その事実を指摘され、フェイトは眉を下げ口惜しそうに俯く。
相手との駆け引きや心理戦に優れたはやてには到底勝てないだろう。
「っ、うん……。アリサにお願いするよ……」
フェイトの譲歩にアリサは頷き一歩、前に出る。
「フェイト、まかせときなさい!なのはは渡さないから!」
アリサの力強い一言にフェイトが顔を上げると、頼もしそうにアリサの背を見つめた。
「結局、わたしらの勝負になるんやな、アリサちゃん……。ほんなら、いくよ?じゃんっけん――」
二人がお互いから瞳を逸らさずに、握った手を腰の位置から繰り出そうとした瞬間、聖祥大付属小の体育館は異様な緊張に包まれた。
けれど、その緊張を破ったのははやての掛け声ではなく突然ガラリと開けられたドア。
クラス全員が一斉に視線を向けると、そのドアを開けた本人であるなのはは驚いて目を見張った。
「お、遅れてごめんね?どうしたの?みんな――」
異様な空気にあたりを見回すなのはにすずかが走り寄り、なのはの手を取る。
「なのはちゃん、ちょうどいいところに――よかった……」
ピリピリとした空気に耐えられなかったすずかは、ほっと息を吐いてなのはを見つめた。
「ほえ?どうしたの?すずかちゃん?」
きょとんとした表情で見つめ返すなのはに、すずかは今までの経緯を説明した。
「――そっか。なら、私はすずかちゃんのチームに入るよ!」
一通り今までのいきさつを聞いたなのはの結論は、早かった。
「な、なのは!」
「なんでよ!なのは!」
フェイトとアリサの二人が身を乗り出してなのはに詰め寄るがなのはは苦笑いで頬を掻く。
理由を言うのは少し、躊躇われた。
今までの付き合いから、勝気ではっきりとした性格のアリサが負けず嫌いだと言うのをなのははよく知っていた。
いくら遊びの延長線上だとしても、はやてとの勝負が賭かっているとなればさらにそれに拍車がかかることは予想がつく。
別に賭けなどしなくてもいつでも言ってくれれば食べられるのに、と思うなのはだったが、ケーキを食べるということよりも勝負に勝つか負けるかがアリサには重要なのだろうなと思い至ると、一つ溜息を吐いた。
それに、普段は大人しくて優しいフェイトだったが戦うことは嫌いではないようで、なのはと戦闘訓練などをやる時は大抵、もう一戦、と再戦を挑まれることが多く、生真面目さゆえの負けず嫌いという側面があるようだった。
そんな二人に引き換え、はやては闇の書の影響で幼い時から病弱だったためそれほど運動が得意というわけではなく、なのははそんなはやてに密かに共感を抱く時もあった。
すずかは、もちろんフェイトと同じくらいかそれ以上に運動が得意だったが、穏やかで優しい性格。
体育のドッジボールくらいではヒートアップしないだろうし、今までもなかった。
そう考えるとなのはの中では、アグレッシブチームVS和やかチームという構図に見えてしまい、早々に自分の定位置はすずかの後ろ、ということに決まったのだ。
「――だって、そっちのチームはフェイトちゃんとアリサちゃんいるし……。私、足手まといになっちゃうよ?」
おずおずと二人を見上げる、なのは。
「ほんなら、決まりやな。なのはちゃんは私のチームや」
はやてが満面の笑みでアリサとフェイトの肩に手を掛ける。
「はやて!じゃんけんはどうなるのよ!」
アリサの抗議もどこ吹く風で、はやてはゆったりと首を振った。
「こういうんは本人の意思を尊重せなあかんよ?なぁ、フェイトちゃん」
笑顔のはやてとは対照的になのはがはやての方を選んだことにショックを隠しきれないフェイトは、唇を噛む。
「く……、はやて。試合には、絶対勝つから――」
そう言ってはやてを見据えるフェイトを目の当たりにすると、なのはは小さくなってすずかの体操着の裾を握る。
「なんだかおかしなことになっちゃったけど、なのはちゃん、がんばろうね?」
苦笑いで振り返ったすずかを見ると、絶対ここから離れまい、となのはは思うのだった。
けれど、試合が始まってしまえばいつまでもすずかの体操着の裾を掴んでいるわけにはいかず、四角いラインの中を走り回るすずかとはすぐに離れてしまった。
はやての予想通り、フェイトは明らかになのはを避けての投球。
勝負の世界に情けは無用。その隙がいずれもたらすチャンスを、はやては待っていた。
そしてそれは試合開始から15分が経過したあたりで、訪れた。
「――はっ!!」
フェイトから繰り出される投球は鋭く、あたふたと逃げ惑う男子生徒目掛けてまっすぐに伸びていく、はずだった。
しかし力が入りすぎたのか、フェイトの投げたボールは少し軌道が逸れ、その軌道は隣にいたなのはに向かう。
早いフェイトのボールをなのはが避けることは不可能で、なのはは迫る黄色い球体に体を竦ませた。
「――やっっ!」
手で頭を覆いしゃがみこんでしまうが、なのはを襲う痛みや衝撃は、ない。
替わりになのはを覆う、温もり。
思わずなのはが目を開けると、痛みで少し顔を歪ませたはやてがそこにいた。
「なのはちゃん、大丈夫やった?」
「ありが…とう、はやてちゃん」
優しげな眼差しで問われ、なのははこくりと頷く。
と、はやてはおもむろに立ち上げると真っ青な顔をしたフェイトの方を見つめた。
「それにしても、フェイトちゃんはひどいなぁ。なのはちゃんにあんなきついボール投げるなんて」
「で、でも…、試合だからしょうがないよ……」
はやての言葉に答えたなのはがそっとフェイトを見つめると、フェイトはやっと我に返ったようで慌ててなのはに走り寄る。
「な、なのは!誤解だよ?私はなのはを狙ったわけじゃなくて……」
しかし試合中のため、センターラインぎりぎりでの弁解。
フェイトの注意が完全になのはに向かっているその隙に、はやては転がったボールを手にしたすずかに視線を送る。
はやての視線に気づいたすずかは苦笑いでゆっくりとフェイトに近寄った。
「ごめんね、フェイトちゃん――」
そう小さな声でフェイトに謝罪をすると、黄色いボールがゆっくりとフェイトの白い体操服に触れ、そして落下した。
「ちょっと、なにやってるのよフェイト!!」
アリサの声が体育館に響くとようやく、フェイトは自分がアウトになったことを知った。
「あとは任せたよ?すずかちゃん」
はやては自分の仕事は終わったとばかりにさわやかな笑顔を向けると、すずかの返事を待たずにまだコートに残るフェイトの腕を取る。
「さ、フェイトちゃん。仲良くアウトやなぁ」
「違うんだよ、なのは?誤解だから――」
はやてはまだなのはに手を伸ばすフェイトをずるずると引きずりながら、コートを後にした。
エースが退場してからのアリサチームは健闘もむなしく、結局すずかチームの勝利となった。
「まだ、気にしてるの?フェイトちゃん」
放課後、もうすでにクラスメイトが帰宅した中フェイトとフェイトを心配したなのはだけが教室に残っていた。
試合が終わってからフェイトの心の中は悔しさと罪悪感でいっぱいで、はやて達と一緒に翠屋にも向かわなかった。
夕日に照らされた教室の中で俯く姿に、小さな肩がより一層小さく見える。
「だって、はやてに負けちゃった……。なのはにも、ひどいことしちゃったし……」
フェイトはぽつりと呟くと、さらに俯いて膝の上で握り締めた手を見つめた。
言葉にするとなんだかもっと悔しくて、悲しくて、きゅっと唇を引く。
すると、不意にフェイトの髪に優しい温もりが降りた。
驚いて顔を上げると、なのはが微笑んで頭を撫でてくれる。
優しく、何度も。
なのはの手の優しさが胸を突いて、フェイトの紅い瞳がさらに真っ赤になった。
「なの、は……」
名前を呼ぶとなのはがもう一度微笑み、そっとフェイトを抱き寄せる。
「――私はフェイトちゃんの投げたボールなら、ちょっとくらい痛くても平気だよ?」
なのはの囁く吐息が耳をくすぐるとフェイトの胸は温かさが溢れ、なのはに体を預けたまま照れたように微笑んだ。
「フェイトちゃん、大丈夫かな……?すごく落ち込んでたよ」
「すずかちゃんは優しいなぁ。大丈夫やって。きっと今ごろなのはちゃんとイチャラブしとるんやない?」
「まったく、フェイトはいっつもなのはなのはで情けないんだから!」
「アリサちゃん、寂しいんだよね?」
「なっ!べ、別に寂しくなんかないわよ!」
「無理せんでもええて。アリサちゃん。――あ、すいませーん!このケーキ、もう一つお願いしますー」
「はやてちゃん、もう三つ目だよ……。お腹痛くなっちゃうよ?」
「全く、遠慮ってものを知らないわよね……」
「――ん?なん?アリサちゃん」
「なんでもないわよ。勝手に好きなだけ食べればいいわ……っとにもう!」
END