ご近所さん(ヴォルケン)
「あ、あかん!今日は燃えるゴミの日や!」
キッチンでシャマルと朝ごはんの洗い物をしていたはやてがふとカレンダーを見ると、赤い印。
それは忘れないように、とはやてが付けたゴミ出しをする日の目印。
海鳴市で一緒に生活する様になったヴォルケンリッターたちは、そもそもゴミ出しという習慣がなかったし、ゴミの分別の仕方も知らなかった。
はやて一人で生活していた時は一度くらいゴミ出しを忘れてもそれほど困らなかったが、五人家族ともなるとかなりの量が出る。
ゴミ出しを忘れるということは、快適な生活を維持するためには致命的だった。
「シグナム!ごめんなぁ、ちょぉわたしとシャマルは手が離せへんから、ゴミ、出してきてくれるか?」
キッチンから振り返りながらシグナムを呼ぶと、ソファで読んでいた新聞を折りたたみ、心得ました、主はやて、と返す。
ちいさいヴィータには少し量が多かったし、ザフィーラはご近所では犬という扱い。
シグナムが一番適任だった。
「確か、前田さんの家の前の電柱でしたか…。」
ゴミの袋を両手に持つと、はやてとシャマルに問いかけるシグナム。
「ええ、そうよ。」
「あ、シグナム。ゴミを出したら、カラスネット掛けるの忘れんようにな?あれ掛けとかんとまたご近所で回覧板が回ってまうよ?」
カラスネット、住宅街ではたまに使われる網。
ゴミを漁りにくるカラスを防ぐ役割をするため、ゴミを出した後は必ず掛けなければならない。
以前、そのことを知らなかったシグナムがゴミを出した時に掛け忘れてしまい、必ずカラスネットをかけるように、と回覧板が回ったのだ。
「…その節は、すみませんでした。」
当時のことを思い出し、シグナムが少しだけ頬を染める。
「ええて。それより早くせんと、収集車が来てまうよ?」
「ええ。では行ってきます、主。」
そう言うと、シグナムは玄関を出る。
ゴミを出すことになっている前田さんの家までは、歩いて一分程度。
シグナムが到着すると、すでにほとんどの家のゴミが積まれ、その近くで談笑する主婦たち。
最も手前にゴミを置くと、きっちりとカラスネットを掛ける。
「あら、今日はお姉さんがゴミ出し?めずらしいわね?」
と、円くなって談笑していた主婦の一人がシグナムに話しかける。
「ええ、他のものが手が空かなくて。」
「そうね、四人分ともなるとヴィータちゃんには少し荷が重いものね。」
「そうですね。」
「あぁ、そう言えば、お名前なんておっしゃるのかしら?」
今度は、一番初めに話しかけてきた主婦の隣にいる主婦から話しかけられる。
「シグナムです。」
「あら!やっぱり、ヴィータちゃんといいシャマルさんといい、外国の方なのかしら?」
「ええ、そうですね…。少し、遠方です。」
一応、主婦と話を合わせる。
はやてからも、ご近所付き合いの大切さを言い聞かされていたし、まさか正体を話すわけにはいかない。
そんなことをしたら、主であるはやてにも迷惑をかけることになるだろう。
「そうよねぇ、すごくスタイルいいものねぇ。でも、遠いところからわざわざ、大変ねぇ。」
「そうですね。」
ここで少し愛想笑いでもして我が家に戻ろうとするが、愛想笑いをしたことによって取っ付きやすいと思われてしまったらしく、
そのまま主婦たちの会話に加わるはめになる。
「でね、うちの主人ったら、…………なのよ!ひどいわよね、シグナムさん?」
「ええ、まぁ。」
「そうでしょ?そう思うわよね?でも、それだけじゃないのよ?…………なんだから!」
「ああ、それはひどい。」
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「でも、うちの娘なんか、………なのよ~。本当にわけがわからないわよねぇ。シグナムさんから見たらやっぱりそうなの?」
「そうですね、そうかもしれません。」
延々と話題が尽きない主婦の会話。
――参った…。全く抜け出す隙が見当たらない。
そう思った瞬間、背後から名前を呼ばれた。
「シグナム?」
聞きなれた声に後ろを振り返ると、シャマルが立っていた。
恐らく、帰りが遅いシグナムを不審に思い迎えに来たのだろう。
「シャマルか。」
――どうしたの?はやてちゃんが心配してるわよ?
――ちょうどいいところに来た。会話に巻き込まれ、抜け出せない。
これをいい機会に、我が家に帰ろうと思った瞬間。
「あらー、ヴィータちゃんのお母さん!あなたもゴミ出し?」
いや、だから先ほどゴミは私が出したのだが…、シグナムは心の中で突っ込む。
「ええ、まぁ…。」
お母さん、の部分に違和感を感じながら曖昧に返事をする、シャマル。
「ちょうどいいところに来たわ、若い方の意見を聞こうと思ってたのよ!」
主婦の一人に話題を振られると、なかなかきっぱり断りきれずシャマルも輪の中に加わってしまう。
「で、こう言われたのよ。あのスーパーおかしいわよね?」
「え、ええ、そうですね。おかしいですよね~。」
「でも、以前にも………だったのよ?もう、あのスーパー、二度と行かないわ!」
「そうですね、私も気をつけます~。」
――ミイラ取りがミイラになるとはな。
――仕方がないじゃない~、あなただって抜け出せなかったんだし…。
結局、主婦たちの会話はゴミの収集車が来るまで続けられた。
「ただいま戻りました。」
八神家の玄関をくぐると、一気にぐったりとするシグナムとシャマル。
「なんや、二人ともえらい遅かったやない?心配しとったんよ?」
すぐにはやてが玄関に迎えに来ると、疲れきった二人を見て、どないしたん?と尋ねる。
主の柔らかな微笑みに迎えられ、ほっと息を吐くシグナム。
「それが聞いてください、はやてちゃん~。」
玄関にしゃがみこんだシャマルがはやてに事の詳細を話す。
「あぁ、それは運がわるかったなぁ。疲れたやろ?リビングで一服しよ?」
はやてはお茶を入れながら、矢継ぎ早に繰り出される主婦の話に目を白黒させながら一生懸命相槌を打つ二人を想像し、くすりと微笑む。
烈火の将も、奥様がたの前ではかたなしだった。
――こちらの世界の主婦とは、恐ろしい。次回からは、気をつけよう。
はやての入れるお茶のいい匂いに、改めてほっとするシグナムだった。