I can…。(ヴォルケン、はやてBD)

はやてBD記念。捏造気味w





 いつからだったか、はやてと一緒に風呂に入った時に違和感を感じるようになった。
ほんの少しだけ感じたそれを違和感と呼ぶべきものかはわからなかったが、なんだか心が騒いだのをよく覚えている。


「――あかん、もうこんな時間や。そろそろ順番にお風呂入らな……」
そう言うと、はやては家族全員を見回した。
ちょうど八神家はそろってリビングでテレビを見ていたから、その場で全員と目が合う。
誰が一番初めに風呂に入るのか、問いかける主の視線に最初に口を開いたのはシグナムだった。
「すみません主はやて、私はもう少し後でもいいでしょうか?今から少しだけ体を動かしたくて……」
ここのところ管理局の仕事もひと段落つき、しばらく体を動かす機会がなかった。
もともとが生真面目な性格のシグナムは少しでも感覚が鈍るのを防ぐため、テラスで素振りをすることが日課となっていた。
「ええよ?そんなら私が先入らせてもろてもええ?今日は体育があったからちょお汗かいてもうて」
「もちろんです、主」
シグナムがはやてに微笑むと、はやてもにこりと笑い返す。
と、すぐ隣でヴィータが面白くなさそうに頬杖をついてじっとテレビを見ているのが見えた。
「ヴィータ、テレビがおもろないなら一緒に入るか?」
テレビから視線を外さずに主の言葉を聞くと、あたしはまだいい、と面白くなさそうに答える。
「ヴィータ、主に対してなんだその態度は」
すぐにシグナムが窘めるがどこ吹く風で視線を外さない。
「ええて、シグナム」
「じゃあ、はやてちゃん。私と一緒に入ります?」
シグナムの隣からシャマルがはやてを覗き込むと笑顔で手を上げた。
「あ、ええね。シャマルと最近入ってなかったしなぁ。ほんならそうしよか」
可愛らしい主が微笑むと、はい、とシャマルも答えいそいそと二人分の着替えを取りに立つ。
はやてもそんなシャマルに続いて立ち上がると、今日は桃の匂いの入浴剤でも入れよか、と楽しそうにシャマルと相談。
そんな二人の会話を聞きながら、さらにヴィータはむすっとした表情でテレビを見つめ続けた。
「なんだおまえは。主はやてと一緒に入りたいなら素直にそう言えばいいものを」
シグナムはそんなヴィータの態度に呆れ、待機フォルムのレバンティンを握りテラスへと消えて行く。
視界の片隅でシグナムを見送るとヴィータはテーブルへと突っ伏した。
何も、はやてと一緒にお風呂に入るのが嫌なわけでも、今日はたまたま虫の居所が悪いわけでもない。
ただ、一つの事実がヴィータの目の前に晒される、そのことが憂鬱で仕方なかった。
 はやてはもうすぐ、また一つ年を重ねてしまう。
初めは自分とほとんど同じくらいの背格好だった少女が、闇の書事件以降よく動き、遊び、学んでどんどん先へと進んでいってしまった。
車椅子の生活が長かったはやては、その枷から解放されると今まで留められていた成長が一気に加速したかのように、ほんの少ししかなかった身長差もヴィータを引き離し体つきも女の子らしく丸みを帯びた。
そして、ふっくらと膨らみ始めた胸。
一緒に風呂に入ればヴィータの目の前に確固たる事実が突きつけられた。
プログラムである自分は、主と出会った頃と何一つ変わらない、まま。
「――っ」
ひんやりとしたテーブルに額を押し当てると、瞳を閉じる。
はやてが成長していくということは、守護騎士であるヴォルケンリッターにとっては何よりも喜ばしいことであり、ヴィータにとってもそれは同じこと。
出会った頃のはやてを知っているだけにそれはなおさらだった。
車椅子で、大きな戸建てに一人きりで住み、衣食住を一人でまかなう。
その寂しさやつらさ、車椅子での不便さを思いやれても、完全に理解することはできないだろう。
そんなはやてを知っているだけに、何よりも、はやてが自由に大地を駆け、空を飛び、人のためにと尽くすことができるのは心から喜ぶべきことだった。
しかし、ヴィータはそのことを、素直に喜ぶことはできなかった。
いや、喜んでいても、心の内で違和感を感じ取る。
それは単純な嫉妬でも、羨望でもない。
そう、それはヴィータの騎士としての誇り。
ずっと守っていく、そう誓った主。
そんな主は時間軸を成長という形で歩むことができない自分を追いて、より大きく、たくましく成長していってしまう。

いつか追いつけなくなるのではないか、自分の手の届かないところまで。
そうなったら?
もう守れなくなってしまうかもしれない、守る必要がなくなってしまう――――

そう、主の成長を目の当たりにすることは、ヴィータをひどく不安にさせる。
だから近頃はなるべく一緒に風呂に入ることも控えていた。
そんなことをしても仕方がないとわかっているのに。

「っなさけねー……」

ヴィータの呟きはテレビから響く笑い声にかき消された。



 そんな日から数日が経ち、いよいよはやての誕生日を明日に控えた前日。
毎年、はやての誕生日は家族全員で過ごしていた。
はやてにとっては誕生日ということよりも、家族との出会いの記念日ということで何よりも大切な日。
特に今年は家族がもう一人増えるのだということで、数日前からはやてはそわそわと落ち着きがなかった。
「明日中継ポートを使って午前10時にミッドに着いて、そしたら本局には10時半頃には着くやろか」
はやては学校から帰宅して、新しい家族との対面の手順を何度も何度も確認した。
「はやてちゃん、うれしそう」
リビングを往復する主を微笑んで見つめるシャマル。
「ああ、やっとこれで元に戻るのだからな」
シグナムもその様子を見つめ、あの聖夜の別れを思い出すと胸が締め付けられた。
あの別れから数年が経ち「祝福の風」という同じ名前と、はやてのリンカーコアを分け与えられた新しい家族。
はやてが落ち着きがないのも仕方のないことだった。
はやてだけでなく、ここ数日はなんとなく八神家全体がそわそわとし浮き足立っていた。
「あ、ちょおわたしもう一回確認してくるな。もしポートになんかあったら遅れてまうし」
そう言うと、はやてはミッドに長距離通信を入れるため二階へと上がっていった。
そんな主にシグナムとシャマルは顔を見合わせ、くすりと微笑む。
一人、ヴィータだけは口数も少なくリビングの床に寝そべっている。
「どうしたの?ヴィータちゃん」
シャマルが声を掛けると、顔も上げずになんでもねー、という返答。
「何日か前にはそわそわと主にまとわり着いていたのが、どういう風の吹き回しだ?」
シグナムの問いかけに至っては返事すらない。
そんなヴィータの様子に、シグナムが肺に溜まった吐息を吐いた。
と、むくり、ヴィータが起き上がるとシグナムをじっと見つめる。
「なんだ?」
何か言いた気なヴィータの視線に答えると、シグナムもまっすぐにヴィータを見つめた。
「――あたしたちはプログラムだ。時間の経過を把握していても実際に時の中に身を置くことはない。だから、年をとることもない。ずっとこのままなんだよな」
シグナムはヴィータの突然の独白に眉をひそめると、なにを今更、と軽くいなす。
「管理者権限であたしたちの時間を、変えられるのかな……」
シグナムから目を逸らし、呟いたヴィータの言葉に一瞬リビングの空気が乾いた。
「――バカなことを」
少し語気を強めシグナムが一蹴するとヴィータは口元を引き締めた。
「できるやもしれんが、相当の知識と魔力を消費するだろう。夜天の書の守護騎士プログラム自体を改変するのだから。やっと健康体に戻った主に、負担はかけられん」
ザフィーラの言葉に唇を噛んで俯くと、ヴィータの体を熱が駆ける。
ヴィータも決してはやてに負担をかけたいわけではないし、プログラムを改変するということはどれだけはやてに負担をかけ、他の人間に迷惑をかけることになるのかもわかっていた。
しかし、つい口を突いて出てしまった。
また一つ年を重ねる心優しき主、もうすぐ八神家に加わる面影を遺した小さな家族。
その全てを守っていきたかったから。
「どうしたの?ヴィータちゃん――」
耐えかねてシャマルが口を開くと、もう一度なんでもねーとぶっきらぼうな返答。
けれどその声は少しだけ震えていた。




 そしてついに翌日。
新しい家族との、しかし再会を果たすため、八神家は時空管理局本局にいた。
透明な液体の詰まった中に、何かを迎え入れるように手を広げ瞳を閉じた小さな体。
名を継ぎ、主から命を与えられたその小さな体にはたくさんの想いが込められていた。
メカニックから声をかけられはやてが一言二言言葉を交わすと、ガラスを満たす透明な液体がこぽこぽと抜かれていく。
そして、小さな家族は倒れこむように前方に手を着くとゆっくりとその瞳を開いた。
蒼い瞳はここがどこだかわからないのか、きょろきょろと辺りを見回すと、大勢の人に囲まれた中からただ一人を見つけ出し、飛び立った。
まだ広い空間に慣れていないのか少しおぼつかない飛行で、しかし確実に目的の人物との距離を詰めるとその人物の手の平が、受け止める。
「初めましてです、マイスターはやて!わたし、わたしは――」
出会えた喜びに満ちて自分の名を告げようとしたその時、目の前の主からは透明な雫。
「初めましてやな、祝福の風、リインフォースⅡ。これから、これからよろしくな――っ」
そこまで言葉を紡ぐと、もう後は声にならなかった。
次から次へと涙が溢れ出し、リインを受け止めた手とは反対の手の甲で拭ってみても追いつかない。
やっと、やっとこの時を迎えることができた。
救えなかった家族を、しかし新しい家族としてやっと迎えることができるのだ。
たどたどしい飛行はあの子とは全く別の存在だとわかっていても、どうしてもその面影がはやての胸を締め付ける。
「え、え?どうしたですかマイスターはやて?どこか痛いですか?」
肩を震わせしゃくりあげる主を心配し、両手でそっと親指を包み込むとおろおろと主を見上げた。
「っごめんなぁ、リイン。なんでもないんよ、ちょお、っく……うれしくて……」
「はいです……、リインも、リインもうれしいですっ」
そう言ってはやての手の平から飛び立つと、そっと溢れる雫に触れた。

「っやだ、私まで……」
頬を伝う雫に気づき、シャマルは慌てて涙を拭うと改めてはやてと、新しい家族であるリインを見つめる。
「ああ、私もだ――おかしいな、主が喜ぶ姿を見るのはうれしいはずなのに……」
シグナムは溢れた涙を拭うこともせず、二人から視線を逸らさなかった。
そう、ヴォルケンリッターにとっても欠かすことのできない存在であり、供に流離ってきた同胞。
一度は失ったその同胞が、違う形とはいえこうして戻ってきた。
こんれほど喜ばしいことはない。
シグナムは主とリインフォースが抱き合う姿に微笑むと、視界の隅で紅い癖毛が揺れるのが見えた。
ふと視線を向けると、泣くまいと必死に肩を震わせるヴィータ。
意思の強いその瞳はまっすぐに主とリインを見つめる。

大きいとか、小さいとか、時間とか、プログラムであるとか、そんなことは関係なかった。
今目の前にいる生まれたばかりの家族でさえ、主を気遣い、涙を拭うのだから。

供にはやてから命を授かり、これから供に寄り添い、生きていく。
それこそが主の願いであるはずなのに。
騎士として、主を想うことこそが最も大切なことだと小さな家族から教えられた気がした。
シグナムの手が癖毛を梳くと、濃紺の瞳からこらえ切れなくなった涙が溢れ顎を伝ってぽたぽたと地面に灰色の染みを作る。
「っんだよー……、なでんな――っ」
こんな状態でも強がりを言うヴィータに呆れ、しかしもう一度微笑むと今度は少し力を入れくしゃくしゃと撫でた。


「ヴィータ、ちょおええか?」
一人テラスで空を見上げるヴィータに、はやてが声をかける。

新しい家族を迎えた日の夜、八神家でははやてのお誕生日会をかねて新しい家族の歓迎会をした。
はやての手作りの料理に、シャマルを中心としたヴォルケンリッターでケーキを作り家族水入らずの、ささやかな宴。
しかし、はやてはとても満足だった。
また今年も誰一人欠けることなく時を過ごしていけるのだから。
けれど、気がかりなことが一つ。
前日偶然聞いてしまった話。
守護騎士プログラムの改変――。
なぜいきなりそんな話が出たのかはわからなかったが、家族の一人がただならぬ想いを抱いていることは確かだった。

「――はやて」
振り向いたヴィータは全くいつもと同じように見えた。
「ヴィータ。ヴィータがほんまに望むなら、プログラム、かえよ?」
突然の主の言葉に、ヴィータの瞳の青が濃くなる。
「聞いて、たのか……?」
「ごめんな?聞こえてしもた。けど、ヴィータがそんなこと言うなんてよっぽどのことや。せやから、わたしにできることなら――」
そう言葉を続けるはやてにヴィータは背を向け、俯いてしまう。
そんなヴィータを見るのがつらくて、はやては唇を噛んだ。
「ヴィータ、ごめんな?ヴィータが悩んどるのに、気づけへんかった……。こんなん、主失格や、なぁ」
寂しそうな主の声がヴィータの背に染み込んで、小さな肩を震わせた。
「違う!はやては、はやてはなんにも悪くない!あたしが――あたしが騎士にこだわって、騎士の本分を見落としてたんだ……」
「ヴィータ……」
はやては赤く燃える小さな騎士の名を呟くと、そっと背中を抱きしめた。
ほんの少し前にはほぼ同じ背丈だったヴィータは、今はすっぽりとはやての腕に収まってしまう。
「鉄槌の騎士ヴィータは誇りにかけてわたしを、みんなを守ってくれる。ヴィータは、今も十分立派な騎士や……」
そう言うとはやては頬を寄せ、慈しむように赤毛を撫でた。
主に触れられているところ全てから優しさが染み渡り、ヴィータの心を温かいものが満たす。

何があろうとも、自分ははやての騎士であり、優しき主を力の限り守っていく。
ただ、それだけのことだったのに。

ぎゅっと手を握り締めると、ヴィータははやてに向き直った。
「あたしは、年は取らない。だから、だから――はやてがばーちゃんになっても守ってやるから!」
まっすぐに見つめた主は、柔らかな笑顔。
「ありがとうな、ヴィータ」
礼を言われ、撫でられると照れくさくってぎゅっとはやてにしがみつく。
主が生まれ主と供に生きると誓ったその日に、また一つ守るものが増えた。
小さな家族と、主への誓い。