セクハラが、できない



「すーずっかちゃーん!おはよう?」

 聞きなれた友人の声がさわやかな朝の教室に響く。
その友人は「仕事」でしばらく学校を休んでいたため、直接顔を合わせるのは三日ぶりだった。
久しぶりの友人の声にすずかも笑顔で挨拶を返そうと振り向こうとした瞬間、胸を覆う温もり。
驚いて視線を下げると、案の定そこには友人の手。
「きゃっ!は、はやてちゃん――」
頬を染めすずかが後ろを振り向くと、悪びれない笑顔でもう一度おはようと声が返ってきた。
その間もはやての手はすずかの胸に添えられ、持ち上げるように揉まれるとぞくり、背筋を走る感覚に思わず声が漏れる。
「んっ……」
びくりとすずかが体を竦ませるときゅっともう一度だけ軽く揉まれ、はやての手は離れた。
「ありがとうなぁ、すずかちゃん。久々に元気を分けてもらえた気がするわ~。それにその反応。
いつさわらせてもらっても、Sランク級やなぁ」
 はやては瞳を閉じて感触を思い出しているのか、手の平を上にして指をわきわきと動かす。
「――はやて。朝からそんなおやじみたいなセクハラ、やめなさいよね」
そう言うと、すずかの隣にいたアリサがはやてにチョップを見舞う。
「いたっ。アリサちゃんも久しぶりやなぁ。おはようさん?」
友人とのスキンシップなら肩でも叩けばいいものを全く懲りていないのか、はやては朝の挨拶と共にアリサの胸を軽く叩いた。
「あんたねぇ、人の話全然聞いてないでしょ……」
半ば呆れ気味にはやてを見つめるアリサは軽くため息を吐く。
「ふふ。許してあげなよ、アリサ」
 アリサが名前を呼ばれた方に視線を向けると、ちょうどなのはとフェイトが教室に入って来たところだった。
「おはよ。なのは、フェイト」
アリサが声をかけると、二人からもおはようと返ってくる。
「はやて、昨日まで男の人ばかりの船に乗ってたんだって」
フェイトは苦笑いではやてのスキンシップの理由を告げると、私も朝一番にやられたんだ、と肩を竦めた。
「あー!フェイトちゃんまでその呆れたような顔、ひどいわー。しゃあないやん。船におったのは健全な若い男子か妙齢の淑女だけやったし……。それにな、わたしのはセクハラやないよ。
女の子同士の楽しいスキンシップや」
 満面の笑みのはやては本当にうれしそうで、航行中いかにスキンシップに飢えていたかが伺える。
「ちょっと、なのはも何とか言ってやりなさいよ」
もう手がつけられない、とアリサが両手を上げるとなのはの方を振り向いた。
「え……。わ、私?」
突然アリサに話を振られ、戸惑うなのは。
「そうよ。なのはだってはやてにやられたんでしょ?」
「えと、私は、さわられてないんだよね……」
なのはは苦笑いで頬を掻く。
「……そう言えば、はやてってなのはに対してはあまり手出さないわよね。なんだか、不公平な気がするわ」
そう言うとアリサははやての手首を掴み、なのはの胸へと引き寄せた。
「ちょ、ちょおアリサちゃん!」
あと少しというところでそれに抵抗しはやてが手を引くと、負けじとアリサも手を引き返す。
「いいから、さわりなさいよ!」
「そんなん、さわるんとさわらせられるんはちゃうやろ!逆セクハラや!」
「どっちだって、いいわよ!」
「あ、あかんよ、わたしにもポリシーってものがある!」
「朝っぱらからすずかの胸揉むのがポリシーなわけ?!」
 アリサが手を引けばはやても引き返す、お互いに一歩も引かない攻防。
「アリサちゃん!なのはちゃんも困ってるし、みんな見てるよ!」
「そうだよ、二人ともいい加減にしなよ!」
すずかとフェイトが必死になだめても二人の攻防は止まるところを知らず、なのは本人はと言えば困ったようにその様子を眺めることしかできなかった。

 その時、朝のホームルームの開始を告げる予鈴が響き渡る。

 教室で二人のやりとりを見守っていた生徒たちがばたばたと各自の席に着き始めるとようやく、アリサがはやての手を離した。
「ほら、ホームルーム始まっちゃうから……行こ?」
その隙に、すずかがはやての手を取り教室の外へと引っ張っていく。
すずかとはやては隣のクラス。
ちらり、すずかが振り返るとそっぽを向いたアリサと苦笑いで手を振るなのはとフェイトが見えた。
すずかも困ったように微笑んで手を振る。
ふと隣を歩くはやてに視線を移すと、頬を染めアリサに引かれた手を握り締めていた。
 本当は、ふれたかったのだろう。
 しかし例え戯れでもほのかな恋心を抱く友人には、ふれることができなかった。
いつもは器用に立ち回る友人の不器用さが可愛くて、すずかはくすりと微笑んだ。
「残念だった?はやてちゃん」
はやての顔を覗き込んで尋ねると、さらに顔を赤くする。
「なっ!そんなん、あるわけないやん!い、いややなぁ、すずかちゃん……」
はやては顔を真っ赤にして俯くと足早に教室へと入って行ってしまう。
そんな友人の背中を見送るともう一度微笑み、すずかも教室へと続いた。

「……やっぱり、胸が大きくないとさわっても楽しくないよね?」
はやてとすずかが教室から去った後、ぽつりとなのはが呟く。
「え?そ、そんなことないよ!なのはの胸、可愛いと思うよ?ほら、か、形もいいし……」
慌ててなのはを励まそうと言葉を掛けるフェイトの顔は少し赤い。
「そうかなぁ……」
ぺたり、両手で自分の胸の形を確かめると首をかしげた。
「そうだよ!わ、私はさわりたい――じゃなくって!きっとはやてはみんなの前だったから照れてたんだよ」
フェイトの言葉にいまいち納得していないようで、なのはは自分の胸を見つめながらため息を吐く。
「なのは、気にしてるの?胸のこと……」
「気にしてるというか、いいなぁって」
なのははじっとフェイトの胸を見つめた。
「な、なのは?」
頬を染めてフェイトが問いかけると、なのはの手が伸びる。
「あっ、なの、はぁ……」
なのはにそっと胸を掴まれ、フェイトがびくりと体を震わせた。
二、三回感触を確かめるようにフェイトの胸を揉むと片方の手で自分の胸と揉み比べ、明らかな差に愕然とする。
とろけるような柔らかい感触と、その重み。
小学校からずっと一緒の友人たちとは食べるものを見ていても特に差はないのに、なぜかその部分だけは成長に開きが出てしまった。
幼い頃には体系もほとんど同じだったはずなのに。
「フェイトちゃんは、ずるい」
手を離すと上目遣いに、一言。
「もー、あんたたちまで何やってるのよ!早く席に就きなさいよね……」
アリサの声と同時に廊下を歩く教師の姿が見えたから、慌てて二人は席に就いた。


 夕暮れの中、二人の影が伸びていく。
なのはとはやて。
フェイトは午後から仕事が入っていたため、二人での下校となった。
たわいもないおしゃべりをしながら歩いていると、いつの間にか二人の分岐点に到着。
「なのはちゃん、またあしたな?」
笑顔で手を振るはやてをじっと見つめるなのは。
「なのはちゃん、どないしたん?」
不思議に思って見つめ返すと、一歩距離が詰められた。
反射的にはやてが一歩後退すると、また一歩距離が詰められる。
「な、なん――なのは、ちゃん?」
ただならぬ友人の気配に押されてはやてが引きつった笑いを浮かべると、なのはがふと目を逸らした。
夕日に照らされてよくは見えなかったが、なのはは心なしか頬を染め少し考え込むように軽く握った手を口元に当てる。
と、何かを決心したのか口元に当てた手を握り直すとはやてに向き直った。
「はやてちゃん!」
「な、なんでしょう?」
少し大きめの声で呼ばれ、はやてはついどもってしまう。
「あの、ね?どうしたら大きくなるのかな……おっぱい」
「――はい?」
突然の友人の問いかけに、はやては自分が何か聞き違いをしたのかと思った。
「だから、ね?みんな私より大きいから、うらやましいっていうか――」
そこまで言うと、さすがに恥ずかしくなったのかなのはは頬を染めて俯いてしまう。
はやてはそんな友人の姿を見ると、自然と笑顔がこぼれた。
いつも明るく優しいなのは。
管理局の仕事では武装局員のエースで、若手ナンバーワンの勇ましい、なのは。
でもはやての目の前では胸の大きさを気にして頬を染める年相応な、なのは。
もしかしたら、今朝はやてがなのはにだけスキンシップをしなかったことを密かに気にしていたのかもしれない。
「――なのはちゃん。あんなぁ、何も大きければええ、いう話でもないんよ?見た目や性格とおんなじで個性があるんやから。……まぁ、それでも大きさにこだわるんやったら、誰かに揉んでもろて大きくしてもらうことやな?」
そう言ってはやてがいたずらっぽく微笑むと、なのはにじいっと見つめられた。
「じゃあ、はやてちゃんにお願いしてもいいかな?」
にこりと笑って可愛らしくお願いされても、はやてにとっては最優先で回避したい事態で慌てて言葉を探す。
「いや、あかんよ!なのはちゃん!そういうんは好きな人の方がええと思う!わたしじゃ役不足やよ?ほら、フェイトちゃんなんかどうや?」
あの金色の髪が美しい友人なら、喜んでふれるだろう。
そんなことを思うと少しちくりと胸が痛んだ。
「私、はやてちゃんのこと、好きだよ?それにフェイトちゃんはしばらく帰って来れないって言ってたし……。だめ、かな?」
恥かしげに小さく首をかしげて問うなのはの仕種はとても可愛らしく、はやては一瞬動きが鈍るがすぐに思い直し改めて丁重に断る。
「な、なのはちゃんの未開の地を切り開く勇気が、わたしにはないんよ!せやから、ごめんな?」
なのははそんなはやての態度に、もしかしたら心底嫌がっているのかもしれないと思い、少し眉をひそめた。
「……もしかしてはやてちゃん、私のこと、嫌い?」
 はやては一瞬なのはが何を言っているのかわからなかった。
「え?な、なんでそんな……」
はやての顔から笑いが消え戸惑い、悲しそうに眉をひそめる友人を見つめる。
「だって、朝だってみんなに楽しそうにスキンシップしてたけど私にはしないし、今だって……。
ごめんね、はやてちゃんに嫌なこと強制しちゃって――」
「そんなんやない!!」
嫌なことなんか、ない。
少し大声での否定になってしまい、慌てて声のトーンを落とす。
目の前のなのはは普段大声を出すことのないはやてに驚き、目を丸くしていた。
「ご、ごめんな?ちょお力入ってもうて。せやけど、嫌いとか嫌だとか、そんなんやないよ?
わ、わたしもなのはちゃんのこと、すきやもん」
最後の方は消え入りそうな声での、告白。
表面上は友人としての言葉でもはやてにとっては違う意味を持つ。
顔に熱が集まって少し俯いてしまったはやての手を、なのはの両手が包み込んだ。
「そっか。よかった……。私もはやてちゃんのこと、好きだよ。だから、ね?」
包まれた手の力が強まりなのはの方へ少し引かれると、はやては顔を上げる。
満面の笑みのなのはは、まだ諦めてはいないようだった。
ここまで来てはやてに揉まない、という選択肢はなく、それに少しだけ柔らかなふくらみにふれてみたいという気持ちもあった。
はやては覚悟を決めると、なのはの目をまっすぐに見つめた。
「ほんなら、なのはちゃん――いくよ?もう急にやめて、言われてもあかんよ?」
はやてがゆっくりと手をなのはに伸ばしていくと少しだけ緊張で、震える。
そんなはやての言葉と態度が緊張を移してしまったようで、なのははこくりと唾を飲み込んだ。
じわり、近づくはやての両手。
なのははそこから目を逸らすことができない。
 とその時、はやての背後から誰かが走り寄る足音が聞こえた。
なのはの視界の隅によく知った人物の姿が入ると、そちらに目を向ける。
はやてに声を掛けようとした瞬間、その人物が背後からはやてに抱きついた。

「はやてー!わっ!」
「うぷっ」
「きゃっ!」
三者三様の声が上がる。
八神家の末っ子組みのヴィータは恐らくはやてを驚かせようと気配を消して近づいたのだろう。
なのはの視界に入るまで、二人とも気づかなかった。
しかしはやてからはなんの反応もなく、不思議に思ってヴィータが離れその姿を認識すると、顔を引きつらせ半歩下がる。
「は、はやて、ごめん――」
ちょうどなのはの胸にふれようと若干前かがみ気味になっていたはやては、後ろからヴィータに抱きつかれた衝撃からなのはの胸に顔を埋めてしまっていた。
はやての顔を包む柔らかいもの、慌ててついた手が握り締めているもの。
それは間違いなくなのはの胸だった。
はやてがゆっくり目を開けると視界には白いシャツとベージュのブレザー。
はやては何が起こったのかわからずなのはを見上げると、心配そうに大丈夫、と声を掛けられやっと自分が転ばずに済んだ理由を知った。
「ごっ、ごごごごめんな!なのはちゃん!」
顔を真っ赤にしてなのはに謝罪すると振り向いて、ヴィータの手を掴む。
「ヴィータ、もう夕ご飯の時間や!帰るよ!」
早口でまくし立てるとなのはに別れを告げ、くるりと踵を返して走り去る。
「う、うん……。じゃあな、なにょは――」
「あ、うん!はやてちゃんもヴィータちゃんも、ばいばい」
わけがわからず手を振るなのはは、夕日に照らされる二人の背中をぽかんと見つめていた。





 ガチャリ、玄関のドアが閉まる音を聞くと一つ息を吐き、はやてはまじまじと自分の両手を見つめる。
さわってしまった。
しかもそれだけでなく、顔まで埋めてしまった――。
手をぎゅっと握り締めると、溶けてしまいそうに柔らかく、小ぶりだがふわりと指が入っていく感触が思い出される。
「――て、はやて?怒ってる?」
不意にブレザーの裾が軽く引かれると、ヴィータが申し訳なさそうに眉を下げていた。
はやてはそんなヴィータに軽く微笑むとさらり頭を撫でる。
「別になんも怒ってへんよ?そうや、ヴィータ夕飯は何がええ?今日はヴィータの好きなもの作ったげるよ」
微笑むはやてにヴィータは主を怒らせてしまったわけではないことがわかり胸を撫で下ろすと、すぐに顔を輝かせた。
「じゃあはやて!肉!ハンバーグが食べたい!」
「ハンバーグ、ええなぁ。それでいこか」
はやてがもう一度笑ってヴィータを撫でると、くすぐったそうに首を竦めた。
「はやてちゃん、おかえりなさい。あら、ヴィータちゃんも一緒?」
シャマルがリビングのドアを開け出迎えると、何かに気づいたようではやてをじっと見つめる。
「シャマルただいま――てなん?どないしたん?」
はやてはシャマルの視線を不思議そうに見つめ返すと、少し首を傾けた。
「はやてちゃん、何かいいことありました?なんだかうれしそう」
いつもより少しだけ柔らかい雰囲気をまとった主を見るとシャマルもなんだかうれしくて、微笑む。
「――シャマル。やっぱわかってまう?今日なぁ、それはもうプレミア級の胸を揉ませてもろたんよ。大きさはそんなないんやけど、あの柔らかさがなぁ。やっぱ大きさだけやないなぁと改めて実感したわ」
はやてはその感触を思い出すかのようにぎゅっと手を握ると目を閉じた。
「えぇー、はやてちゃんは大きいおっぱいはお嫌いですか?!」
主の言葉に不安を感じたのか、シャマルは自分の両胸を強調するように抱くと前屈みにはやてを見つめる。
「ちゃうて、シャマル。人間には個性があるやろ。それと同じでシャマルにはシャマルの、シグナムにはシグナムの良さがあるんよ。みんな違って、みんなええ。そういうことや」
はやてが胸を張って言い切ると、そうなんですね、とシャマルに笑顔が戻る。
はやてとシャマルが納得したように笑い合う中、ヴィータは一人、ぺたりと自分の胸に手を当てた。
「――うらやましくなんか、ねー……」