Sweetest Milky Way(詩愛)

「飴色紅茶館歓談」を百合姫vol.16しか読んだことのない私が、ドラマCDだけを頼りに詩子×愛華を書いてみました。
色々穴があると思いますが気にしない方だけどうぞ。



「Sweetest Milky Way」

今まで尋ねたことのない家のインターフォンを押すのは、どうしてこんなに緊張するのだろう。
指先に力を込め無機質なプラスチックのボタンを押そうとして、一瞬躊躇った。
誰が出るかも、家を訪ねた口実もしっかりしているのに千切れそうなくらい早く動いている鼓動が胸をかき乱す。いや、そもそも口実、だなんていい方が不遜だ。口実ではなく誰に言ったって納得してもらえる、理由。
詩子は何度も胸の中で自分にそう言い聞かせ、意を決して震える指先を一度きゅっと握り正方形の四角い箱を勢い良く押した。
空気が押し出されるほんの少しの抵抗を感じ、詩子の指先が離れるとすぐに元に戻った。
数秒経ち、ガタガタという音と共に甘い、あの紅茶館で飲んだ紅茶のような桃色の声が響く。
「はぁい。――しぃこちゃん?」
「は、はいそうですせん――愛、ちゃん」
直径一センチほどの丸い黒点に映された詩子の姿は、リビングへと繋がっているのだろう。すぐに訪問した相手を言い当られ、つい、先生と呼んでしまいそうになり慌てて口元を押さえ親しみのこもった呼び方に変えた。
ふんふん、と詩子からは姿は見えないが満足げに頷いている様子が浮かび、黒い瞳が優しげに細まる。
「――よろしい。今開けるわ」
お許しが出たことにほっとして、そわそわと扉の前に佇んだ。
しばらくして鍵とチェーンを外す音が聞こえ、見慣れた女の子らしい衣装に身を包んだ少女の姿が見えた。
レースがふんだんに用いられる中に華奢な体を包む黒いゴシックなワンピースは、そのおかげでちょうどいい甘さを残している。ワンピースと同色のレースで髪を二つに結い上げた少女は、じっと見入っている様子の詩子を不審そうに見上げた。
「なぁに? 詩子ちゃん? 愛華、なんか変?」
「ぅいえっ! 今日の愛ちゃんもとっても……その、可愛いです」
まるで付き合い始めの初々しいカップルのように頬を染め、相手を褒める。
「何よそれ? 開口一番可愛い、だなんて……詩子ちゃんはやっぱりちょっとおバカさんなの?」
「え、や、だって愛ちゃんが可愛いからそう言ったまでで、特に他意は、ないですよ?」
「まぁ、いいわ。可愛いって言われて嫌がる女の子はいないものね? あがって?」
「はい、お邪魔します」
愛華について玄関に入ると、甘い匂い。
小さな頃、初めて友人の家を訪ねた時、その家特有の匂いがあることに驚き、胸が弾んだ。初めて訪問する愛華の家は、愛華同様、甘い匂いが漂っていた。その匂いを胸いっぱい吸い込むと愛華を感じているようで、頬に熱が集まる。すたすたとベージュ色の廊下を歩む愛華の背を眺め、少し距離が離れてしまったことに気づき慌てて後を追った。
そう、今日も愛華と仕事の話をしに家を訪問したのだからと気を引き締め、愛華の自室兼仕事部屋へ向かう。
一歩愛華の部屋へ足を踏み入れると、甘い匂いが一層強くなった。くるり、桃色とレースに彩られた愛華らしい部屋を見回し、部屋のローテーブルに置かれた二客のカップとソーサーに気づく。ゆらり、部屋の空気が流れそれに合わせて揺れる茶褐色の液体からは、甘い中どこか上品な香りが混じる。
「紅茶淹れてたんですね……いい匂い」
「そうなの、ちょうど詩子ちゃんも来るし息抜きにと思って」
「わ……うれしい、愛ちゃん」
新人編集者と方や天才肌の美少女漫画家。あの紅茶館で打ち解けてから、二人の絆は強くというよりはより甘やかになった。
湯気が立ち上るカップにたっぷりと蜂蜜をスプーン二杯入れ、愛華はベッドへ腰掛け薔薇の花びらが散るカップに唇を付ける。詩子は愛華の桜色をした唇が乳白色の陶器に触れる口元から、目が離せなかった。カップの淵に触れた唇が薄くなり、紅茶に息を吹きかけるため唇が窄まる。少女特有の、どことなく儚げで紅の色に染まっていない自然な桜色はとてもきれいだった。
熱い液体を口に含んだ愛華と目が合うと、慌ててローテーブルの脇に腰を降ろし両手でカップを包む。愛華の部屋で二人きりだからか、妙に意識してしまう自分が恥ずかしい。作品が好きで、だからその延長線上で愛華が好きだと言ったけれど、好きだと言い切ってしまってからは愛華と共に過ごす時間が楽しみでもあり、緊張する時間になった。それは、大好きな作品を描く作家だからではなくもっと特別な、今まで同性に対して感じたことのない緊張。
鼻腔をくすぐる香りに一つ息を吐きカップを握り直すと、ふと首を傾げる。
「苺の匂いと、あと何だろう……もう一つ何かいい匂いがする」
「ふふん、しぃこちゃん。わかる?」
「うーん。何だろう、甘い匂いよりは花の匂いに似てるような……。ヒント、ありません?」
「ヒント……そうね、来月のローテシアに関連してるわ」
「それは何としても正解しないと――あ、わかった! 薔薇、薔薇ですねっ? 来月のローテシアは確か薔薇の園の中、愛憎の末想いを確かめ合った二人がキスをする儚くも麗しい場面があるんですよね! もー私、今日完成した原稿受け取れるの楽しみにしてたんですよっ? ネームの時点でのあのセリフ、わたくしはあなたのためなら、この園の薔薇を幾本でも手折りましょう……例えこの手が薔薇より深い色に染まったとしても……!!」
目を爛々と輝かせながらカップを握り締め立ち上がり、ローテシアのセリフを読み上げる詩子。もう見慣れたものとなったその姿に呆れながらも、自分の描いた作品に共感し、好きだと言ってくれることが素直にうれしかった。けれど、今はその姿を見ると少し胸が痛む。
今回の作品もプロットの時点から二人で話し合い作り上げてきたが、愛華にはどうしてもうまく描けない部分があった。詩子から目を逸らし、気づかれない程の小さな溜息を漏らす。
「しーこちゃん、正解~。ワイルドストロベリーって言って、ストロベリーフレーバーの茶葉の中に薔薇の花びらが入ってるの」
「やっぱり! すごく素敵な紅茶ですね――あ、いけない、私また仕事忘れるところでした。愛ちゃん、原稿、今見せてもらってもいいかな?」
「ん~、机の上にあるわ」
「見させてもらいますね?」
言いながら、出来上がったばかりの原稿をパラパラと捲っていく。時折、幸せそうに目尻が下がったり、険しい表情になったり。どのページを読んでいるのかすぐにわかった。ローテシアを本当に好きな詩子が読んでくれるのを見るのは少し気恥ずかしくもとてもうれしくて、けれど生き生きした表情の詩子を見ると途端に気まずくなり視線を逸らす。
ぱらぱらと紙を捲る音が止まり、部屋から音が消えた。詩子の戸惑う気配が感じられる。
「あの……愛ちゃん。これ、この部分……」
眉を潜め、それでも気遣うような視線が痛い。
詩子が朗読したセリフの、薔薇の園でのキスシーンが描かれた巻中カラーを手に眼鏡の奥からおずおずと視線が向けられる。
愛華は一つ、息を吐いた。
「あぁ、それ……。途中まで描いたんだけど何だか上手くいかなくってさ。やっぱりその構図、あんま良くないよね?」
愛華の言葉に、自分がそれほど不審な目を向けていたかと思い、慌てて絵に視線を戻す。
言葉通り、愛華にしては珍しく消極的な構図で人物と画面とのバランスがいま一つだった。
「あの、良くないと言うか、その。愛ちゃんらしくないなって……いつもならもっと、こう大胆に……」
「――うん。自分でもよくわかってるんだよ? なんとなく、ぴたっとこないって言うか……やっぱり実感篭ってないからかなぁ」
紅茶の甘い香りの中、溜息混じりの愛華の声は寂しげな響きを残し、詩子の胸が苦しくなる。
「実感? 実感って……?」
「しーこちゃんはしたことある? キス……」
「きっ……キス?! なんでそんな――」
「その慌て様だと……さてはしーこちゃん、未経験と見た」
「なっ……そんなことない! キスくらい、したことあるから……」
「ほ~、童顔のくせにやりますなぁ。……愛華は、まだないんだよね。漫画家って仕事してるんだから、想像で絵描いたり、今までできてたはずなんだけどなぁ。どうしても、キスしてるドキドキ感とか相手の唇の柔らかさとかが想像できないんだよね」
「愛ちゃん……」
手の中のカップをローテーブルに置く愛華を見ると、胸に小さな漣が立つ。
少なからず好意を抱いている愛華がまだ、誰の色にも染まっていないことを喜んでいいはずなのに、構図くらい励ましてまた二人で話し合って決めればいいことなのに。にもかかわらず、愛華はひどく落ち込んでいるように見えた。
愛華は高飛車なようで、実はとても冷静に物事を見ている。だから、ローテシアの人気が落ちかけていたこともわかっていたし、詩子が手にしているこの原稿がいまいちだということにも気づいていた。聡い愛華を元気付けたい、何とかいい作品を描いてほしいと思うことは編集者として当然の思いだが、その裏で愛華の小さくふっくらとした唇から目が離せなくなっていた。
薔薇の花びらを連想させる、薄紅色の唇。それに触れたらさぞ柔らかいだろうし、愛華の原稿を停滞させている原因も取り払うことができる、そう胸の中で言い訳をしながらどんどん熱が競り上がってくる勢いに呑まれてしまう。
口に出せばきっと、笑われるだろう。それでも、可愛い女の子を好きだと公言しながらまだその唇の柔らかさを知らない愛華にキスをしたいと思ってしまった。
紅茶でうっすらと湿った小さな唇に口付けたら、蕩けそうに柔らかく、甘い。
愛華の唇の感触なら、いくらでも想像することができた。
「まっままま――」
体の中でぐるぐると渦巻く熱が空回りして舌が縺れる。
「ま? しぃこちゃん?」
「愛ちゃん!」
部屋に木霊する声と詩子の只ならぬ気配に驚き目を丸くした愛華を、じっと見つめた。
「な、なぁに? 詩子ちゃ――っ」
「愛ちゃん! しましょう。私と、キス、しましょう」
「なっ! いきなり何言い出すのよ、しーこちゃん! 冗談にも程があるわよ」
「愛ちゃん女の子、好きですよね? それとも私とじゃ、いや……?」
ベッドの上で目を丸くしながら、詩子に気圧されたように少し体を引き呆れたように溜息を漏らす。
「詩子ちゃん、この間もそんなこと言ってたけど、愛華は可愛い女の子なら誰でもいいってわけじゃないし、まして、キスする相手なら相思相愛がいいに決まってるじゃない。それが女の子ってものよ? 漫画のためにキスするなんて、いくら編集さんでもやりすぎよ」
「わ、私は好き……愛ちゃんのこと、好きだからキスしたいって思ったわけで、漫画のためとかそれだけじゃなくって……愛、ちゃん――わっ!」
「ちょ……きゃっ!」
何とか愛華に理解してほしい一心で歩み寄ろうとした瞬間、ローテーブルに足を引っ掛け体の感覚がなくなる。ローテーブルに置かれたカップの中で、琥珀色の液体が大きく揺れた。
「った……ご、ごめんね? 愛ちゃん」
ベッドに腰掛けていた愛華を不本意にも押し倒すような形になってしまったことを詫び体を起こすと、詩子の瞳が二、三度瞬いた。心臓を掴まれたような衝撃と共に、どこからか湧いた熱が血液に乗って体中を駆け巡る。
「ま、なちゃん……」
腕の中にいる愛華は頬を染め、詩子からぷいと目を逸らす。ほんのりと潤んだ瞳が、驚きと期待を含んでいることを示し、詩子の息が上がった。奪われると思ったのか、軽く握った手を唇に当てる。
そっと、怯えさせないように唇に当てた手を解き指を絡めた。安心させようと、握った中指に唇を落とす。まるで、そうローテシアに出てくる女の子のような、どことなく憂いを含んだ優雅な仕種で。
「っし……こちゃ……」
ぴくりと体を竦ませ、吐息混じりの声が頬をくすぐった。詩子はその吐息を辿り、今すぐ口付けてしまいたい衝動に駆られ、ごくりと喉を鳴らし愛華の黒目がちな瞳を覗き込んだ。鼓動の音が耳の奥でうるさいほど鳴り響き何も聞こえず、ただ、詩子の目には愛華しか映らない。愛華と触れじっとりと汗ばむ手をきゅっと握り、独特の張り詰めた空気の中唇を動かした。
「私、今女の子の愛ちゃんにすごくドキドキしてる……愛ちゃん、愛ちゃんは? 私とキスするの、いや?」
「しーこちゃん……。いやじゃないわ、でも――んっ」
いやじゃない、そう零れた愛華の言葉が聞こえると飲み込むように、唇をそっと押し当てた。
温かく、ふわりとした、そうよく知っている記憶の中のクリームの感触。けれどそのクリームよりももっと熱く儚げな感触に、詩子から熱い吐息が漏れる。
愛華の唇は想像した通り甘かった。恐らく、先ほどまで口を付けていた蜂蜜たっぷりの紅茶の味。薔薇の花の香りの中で、棘のない可愛らしい花を手折った。
絡めた指をベッドに押し付け、初めてのキスに強張った愛華の唇を軽く吸う。
離れ際にうっすらと目を開けると、緊張から愛華の睫が震えていた。
詩子から漏れる満足げな吐息を頭の片隅で聞きながら、愛華に初めて女の子の唇の感触が刻まれた。
「愛ちゃん……すごく可愛い」
そう囁いてもう一度唇を寄せると、触れ合う前に小さな悲鳴と共に愛華の体が強張る。慌てて体を離し、愛華の様子を窺う。詩子と目が合い、愛華は困ったような照れ笑いを浮かべ頬を押さえた。
「しーこちゃん、眼鏡が冷たいわ」
「あ、あぁっ! ごめんね……」
眼鏡を外そうと手をやるが、どことなく、部屋に気恥ずかしさが漂う。心の中でそれを少し残念に思い、苦笑いで頬を掻いた。愛華もそんな空気を察したようで、ベッドから体を起こす。いつの間にか、繋いだ手は離れてしまっていた。
「……さ、仕事熱心な編集さんが手伝ってくれたことだし、構図、少し直すわ」
「え、えとあの、じゃ、私いたら邪魔だよね?」
「そうね、紅茶館でお茶でも飲んでたら? できたら携帯鳴らすか届けに行くから」
「うん……。じゃあ、そうします」
さっきまでの奇妙な緊張感と胸の高鳴りは愛華の言葉で驚くほどあっさりと、どこかに連れ去られてしまった。今部屋にいるのは、漫画家としての愛華とその担当としての詩子で、体を渦巻いていた熱が流れ出していくのが寂しかった。
いそいそと愛華の部屋を後にし、見送ってくれた玄関でそっと愛華の手を取った。するとみるみるうちに愛華の頬が桃色に染まる。
「あの、愛ちゃん。私が愛ちゃんにキスしたのは、その編集とかそれだけじゃないですからね……? ちゃんと愛ちゃんのこと、好きですから」
「しーこちゃん、わかったから……手、放して?」
「本当にわかってくれました?」
「わかったわよ、もう」
早く手を放せと言わんばかりに、掴まれたままの手を軽く揺らす。仕方なく手を放し、ドアノブを握りながら愛華を振り返った。
「愛ちゃん」
「なに?」
「私、こうなったからにはちゃんと責任取って、愛ちゃんのこと、百人と言わず千人分愛しますからっ!」
そう言い放ちドアを閉めると、ずるずると壁を伝い脱力したように床にしゃがみ込む。
「……しーこちゃん、お馬鹿に磨きが掛かったわね」
呟いて唇に残る詩子の感触に触れながら、切なげに眉を寄せ瞳を閉じた。

「っはぁ……」
これで何度目かわからない溜息を漏らし、淹れたての紅茶のカップを両手で握ったまま動かない。
「どうしたのかしら、詩子さん……」
「そうですよね、あのまま全然動かないし……紅茶、冷めちゃいますよね。私、ちょっと行ってきます」
「お願いね、さらさちゃん」
「はいっ、まかせてください」
遠巻きに詩子を眺めていた芹穂とさらさは、意を決し詩子に声を掛けようと窓際のテーブルに歩み寄る。
「はぁぁ……私、しちゃった……愛ちゃんと、キス――」
「どうしたんですか、詩子さん。紅茶、冷めちゃいますよ?」
「あっ、ああぁぁ! さ、さらさちゃん……ごめんね? ちょっ、ちょっとぼーっとしちゃって……」
「漫画の方、あまりうまくいってなかったんですか?」
「ううん! そんなことなくて、今回もローテシアはすごくよくって――」
さらさを前にずっと愛華としたキスのことを考えてただなんて言えなくて、誤魔化すようにpink milky wayに口を付けた。
ふわり、クリームに触れた瞬間、愛華の薄紅をした唇の感触を思い出す。
愛華と詩子の関係が始まった紅茶に、もう一つ、甘い甘い思い出が増える。
口の中に含んだ紅茶はいつにも増して甘く、愛華が彩った天の川の模様を見ながら、今まで飲んだ中で最も甘いpink milky wayにくすり、微笑んだ。





きっと、詩子さんは愛華から原稿をもらって社に帰る途中電車の中で気づくと思います。
18歳未満は条例で罰せら(ry
こういうちょっとアンバランスな二人の関係性は好きです。
中の人関係なく、愛華とか、色々可愛いのでちょっと書いてしまいました。
生活環境とか呼称とか色々不明な点がありまくり、多分至らない点がありすぎると思うので、5月18日発売の漫画読んで羞恥に身悶えると思います。
失礼しましたw